2026年1月19日月曜日

【喜寿記念自叙伝】【第1章】建築技術者を志した原点――五つの脱皮への第一歩
―― 価値観と仕事観の形成

【第 1 章】建築技術者を志した原点――五つの脱皮への第一歩
―― 価値観と仕事観の形成 --- 私の人生は、五つの「脱皮」によって形づくられてきた。 それは、少年時代の事故に始まる「安全への目覚め」から、現場での鍛錬、経営者としての挑戦、専門家としての社会貢献、そして今、人生を振り返り未来へ託すこの瞬間に至るまで──。 本書では、それぞれの脱皮を一章ずつたどりながら、私が何を学び、何を残したいのかを綴っていきます。 章ごとの長さや筆致には、あえて濃淡をつけました。背景となる出来事は簡潔に、伝えたい思いの深い場面では筆を止めずに語っています。 どうか、章ごとのリズムの違いも含めて、私の歩みを味わっていただければ幸いです。 はじめに 私が建築の道を志すきっかけとなったのは、少年時代に体験した一つの事故でした。 それは、まだ小学生の頃、近所で建設中だった陸橋の足場に登って遊んでいたときのこと。ふとした拍子に足を滑らせ、数メートル下の地面に転落したのです。幸い命に別状はありませんでしたが、骨にひびが入り、しばらくの間は松葉杖の生活を余儀なくされました。 この出来事は、幼い私の心に深い爪痕を残しました。「なぜ、あの場所に柵がなかったのか」「なぜ、誰も危険を教えてくれなかったのか」。そうした疑問が、やがて「人の命を守る構造物」の存在意義への関心へと変わっていきました。 また、小学校時代の自転車通学でも、幾度となく危険な場面に遭遇しました。雨の日の滑りやすい坂道、見通しの悪い交差点、舗装の甘い道路。そうした日常の中で、「安全に守られる空間」の重要性を、肌で感じるようになっていったのです。 一方で、私の父は自動車修理業を営み、地域でも評判の職人でした。エンジンを分解し、図面も見ずに再び組み立てるその姿は、まさに「技術で人を助ける」ことを体現していました。商売も繁盛し、家族を養う父の背中は、私にとって尊敬の対象であり、同時に「継ぐべき道」としての重圧でもありました。 しかし、あの転落事故をきっかけに、「安全を守る建築に携わりたい」という思いが芽生え、私の中で建築技術者を志す意志は、次第に揺るぎないものとなっていきました。 1-1 建築技術者に進む動機 父は、職人としての腕前だけでなく、経営者としての才覚も持ち合わせた人物でした。 地域の顧客からの信頼も厚く、従業員を抱えながら、堅実に事業を営んでいました。そんな父にとって、長男である私が家業を継ぐことは、当然の流れだったのでしょう。 しかし私には、どうしても忘れられない経験がありました。それが、凧揚げをしていて建設現場の足場から転落した事故です。 あの瞬間の恐怖、地面に叩きつけられた衝撃、そして病院の天井を見上げながら感じた「生きていてよかった」という安堵と、「なぜこんな危険な場所があるのか」という怒りにも似た疑問。 その後、叔父から「これからの社会は建築が生活の基盤になる。建築は人の命を守る仕事だ」と助言を受け、私は迷いを断ち切り、建築の道に進むことを決意しました。 それは、父の期待を裏切る決断でもありましたが、私にとっては「自分の命を救った建築」への恩返しでもあったのです。 1-2 父との説得と三つの提案 父に建築の道を選びたいと告げるのは、容易なことではありませんでした。 ある晩、意を決して話を切り出した私に対し、父はしばらく無言のまま煙草に火をつけ、静かにこう言いました。 「お前の気持ちはわかった。だが、簡単な道ではないぞ。もし本気なら、三つだけ条件を出す」 その三つの条件とは: 1. 私立高校の滑り止めは認めない(公立一本勝負) 2. 学年でトップを取ること 3. 将来は大企業に就職することこの条件を受け入れることは、大きな覚悟を伴いました。 失敗すれば即、職人の道。父の工場で油にまみれながら働く未来が待っている。私は背水の陣で受験に挑むことを決意しました。 1-3 崖崖っぷちの高校受験と合格 当時の建築学科は大変な人気を誇り、競争率は高倍率。推薦枠も狭き門で、合格は決して容易ではありませんでした。 私は父との約束を果たすため、毎日夜遅くまで机に向かい、休日も図書館に通い詰めました。友人たちが遊びに誘ってくれても、私は「今は我慢のとき」と自分に言い聞かせ、勉強に集中しました。 合格発表の日、掲示板に自分の受験番号を見つけた瞬間、安堵と同時に胸の奥に熱いものが込み上げました。 「これで父の条件を一つ達成できた」。その春の日の喜びは、今も鮮明に心に残っています。 帰宅後、父に合格を報告すると、彼は一言「よくやったな」とだけ言い、背中を向 けたまま煙草に火をつけました。 その背中が、少しだけ震えていたのを、私は見逃しませんでした。 1-4 高校生活と進路の確立 高校では、学業と排球部活動を両立させつつ、努力を積み重ねました。 授業では常に最前列に座り、先生の言葉を一言一句逃さずノートに書き留め、放課後は部活動で汗を流しました。 その結果、学業では首席を獲得し、日本建築学会中国支部長賞を受賞することもできました。 また、建設会社でのアルバイト経験を通じて、「経営」の現実にも触れました。 現場の厳しさ、資材の調達、工程の遅れによる損失、そして何よりも「人を動かす難しさ」。 小規模事業者の苦労を肌で感じ、大手企業でなければ実現できない規模の仕事に挑みたいという思いが強まりました。 この頃から、志望先は自然と大手建設会社に定まりました。 「自分の手で、人の命を守る建築をつくりたい」──その思いは、日々の学びと経験を通じて、ますます確かなものとなっていきました。 1-5 建築の夢の実現へ〜大手建設会社へ就職 高校卒業後、念願叶って大手建設会社・大林組に入社しました。 広島支店での筆記試験、大阪本店での面接と身体検査、さらに身元調査を経ての内定は、当時の私にとって大きな誇りでした。 1967 年 4 月、入社式を前に胸を高鳴らせた春の記憶は、今も鮮やかです。 父との三つの約束を果たし、建築技術者としての第一歩を踏み出した私は、これから始まる長い道のりに、期待と不安を胸に抱いていました。 おわりに この章では、私が建築技術者を志すに至った原点を振り返りました。 • 建設現場での墜落事故や自転車通学での危機回避経験による安全意識の芽生え • 父との葛藤の三つ約束。そして次章では、実際に大手建設会社で携わったプロジェクト管理の現場を通じ、私がどのように成長していったかを詳しくお話しします。 【第二章に続く】 【第2章】 大手建設会社で鍛えたプロジェクト管理力
――脱皮その1:現場で磨かれた統率力と未来への布石 第二部|学び直しと自己革新

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